ベトナムの学校の進路指導と人材育成

  ベトナムの学生は、卒業後に就職活動をしています。まぁ当たり前ですが・・・。日本の就職活動は異常かも知れません。大学生の場合、3年生のうちから就職活動が始まります。一般教養が終わって専門の勉強が始まったばかり、理科系なら卒業研究が始まるはるか前から・・・というのも本来的には疑問が多い状況であると思います。

  ベトナムの学生は、しっかり学業を終えて卒業し、それから就職先探しです。問題は学校が学生の就職先をケアしない事。今、そこに問題意識を持つ学校が出てきているのも事実ですが、学生の卒業後の進路をケアするのは学校の役割ではないようです。卒業生は、新卒、既卒(経験者)の区別なく労働市場において独力で職探しをしなければなりません。

  日系企業と関連省庁の役人や学校(ベトナムの学校は当然ですが殆どが公営です。)が、関連の会合などで人材育成や人材確保の話をすると、「日系企業は採りに来てくれない。」 または 「日系企業の○○が大きな工場を設立したので、近くに○○省管轄の職業訓練校を設置したのに一向に採用してくれない。」、「日系企業は○○省の学校からは採りたくないんだ。何故?」 なんて言われたりします。日系企業もいい人材がいればたくさん採用したいと思っているし、むしろ採用難で困っているくらいです。そんな話をすると、「それでは、どんな学科の卒業生を、年ごと、地域ごとに何人欲しいか数字を出してくれればそれに合わせて卒業生を充てる」 なんて言います。日系企業は、その前に学校の教育の方針や特色、卒業生の進路、どんな分野で卒業生が活躍しているかなど、どんな教育機関が必要とする分野の優れた人材を送り出すことが出来るのか、などの情報が得たいのですが、役人からも学校からもこの辺の答えが出てきません。要は把握してないのですね・・・。段々会合での話しがかみ合わなくなってきます・・・。

  ベトナムは社会主義の国ですので、元々は、5ヶ年とかの経済計画に応じて産業育成の計画があって、それに必要な人材を供給するための訓練機関が設置されていた訳ですね。卒業生は計画に基づいて行政が配属を決めていくのですね。学校は、計画に基づいた専門科目ごとに必要とされる人数を卒業させるのが役割なのですね。卒業する人数の “歩留まり” を良くするために、入学者の確保が重要との考えに基づいて、行政から学校へ拠出される運営資金は入学者数によって変化する仕組みのようで、現在でもそのようです。

  外国投資が進んで、外資系の大きな工場が各地にできました。そのうち、特に “職業訓練校” の事ですが、それを管轄する省庁は、外資系工場の近くに “職業訓練校” を設置していきました。それで入学者を集めました。 「近くに○○の工場がある」 と ”売り” にして・・・。でも、その外資系の工場の人材の要望を聞いたわけでもなく、その外資系工場はその学校の存在も知らないまま。それらの外資系工場も、「先に言ってくれれば適切な人材育成を一緒に考えることができたのに・・・」 と言っているという話をよく聞きました。担当省庁や学校は 「企業側が何故聞きに来ないのか? 必要になるだろうから学校を設置したのに、全然来ない。」 と言われてしまう始末。外資系企業は、基本的には自分で人材育成する覚悟できているので、別に困らないのですが・・・。もしも一緒に人材育成を考えられれば、お互いにもっと効率よく人材育成が考えられたのに・・・というだけなのですが・・・。

  教育機関のうち、職業訓練校や大学は、主に “教育省” と “労働・傷病兵・社会問題省” や “工業省” の傘下に配置されています。従来 “国” が卒業生を配属したように、外資系企業が “配属”(採用) してくれる事を見込んで、各省庁は、省庁間そして企業と連携せず、学校を設置したものの、卒業生は必ずも上手く就職しておらず、段々と学生から敬遠される学校も・・・。入学者数が伸びず、”入学者数確保” のあてが外れたどころか学校の経営の立ち行かなくなる危惧を持つところが少なくなかったようです。そして、「何故、外資系企業は採りに来てくれないんだ。」 という思考に行きつくようです。

  ちょっと話がそれますが、8年くらい前、“○○工業専門学校” とか “○○工業大学” という名称の教育機関に、“経理学科” や “銀行学科” ができたということをよく聞いたことがありました。「工業系に何で?」 といろいろ聞いてみると、“経理” や “銀行” 関係の人材の需要が大きくなったから・・・ と聞きました。そういえば、銀行の乱立が一巡した頃、会社の経理の人材の採用難でした。要は、工業系とか何とか関係なく、採用トレンドの “経理” や “銀行” の学科を持てば、入学者数を稼げるということのようです。う~ん “技術” を軽んじないでね・・・ と、危惧したりしたものでした。もう一つ、同じ頃ですが、文科系大学でとても有力なところ、特に日本語学科の評価が高く有名な大学ですが、日本語学科の定員を3倍にしたことがありました。有名なところですので、すぐ拡大した定員の入学者数を確保しました。

 その数年後、前者は “経理” の人材が溢れ、ある日系企業では1名の募集に100名以上の受験者が来たということを聞いたことがあります。“銀行” のほうは、銀行の統廃合が議論されるようになり、採用も激減し卒業生は “コネ” を探している様子を聞いたことがあります。そして日本語学科の方は、日本語人材の需要はまだまだありますが、より高度な人材が求められるようになってきたことと、ほかにも日本語学科を持つ教育機関が急増してきたこと、そしてこの大学の有名な日本語学科卒業生は、実力が ”ピンキリ“になってしまって”ブランド“ の価値が薄れてしまいました。

  また少し話が変わりますが、大学などで外資系企業から請け負ったオーダーメイドの講座を実施することがよくありました。企業側は従業員専門教育であったり幹部候補生育成であったり、目的があって大学などに発注するわけです。企業からすると半年とか1年とかの期間で自社専用の講座を、国立大学などに手軽に発注できるのは有難いことですが、関係省庁や教育機関からこの売込みが少々過剰と感じることがありました。「外資系企業のオーダーメイドの講座をこなすことで、外資系が求める事を学んでカリキュラムの改善に役立てたい」 ということが理由と説明されました。これは確かに考え方としては一理ありと思いますが、それよりもオーダーメイドの講座は、学校の結構いい収入となるようです。

  以前、ある省庁傘下の教育機関の年次報告会へ行ったことがあるのですが、その内容で興味があったのが、その省庁の担当幹部が、「通達にあるように、教育機関も国から拠出される運営資金だけに頼らず、教育機関各々で収入を得て運営資金を確保、質の向上に努めなければならない。」 とスピーチ。そして「例えば、企業からオーダーメイドの講座を受注するとか」 と続きました。“教育機関は国からの資金に頼らず自分で” ということ、同感です。ただ “例えば” の例が一つしか無かったので・・・なるほど、みんなそれで企業からのオーダーメイド講座の売込みが強いのね・・・。そして、地方の職業訓練校の代表の年配の女性が発言に立った時、ちょっと語気強めに、「政府から学校への交付金は、入学者数に対して額が決められるが、教育機関の質の向上を考えるのであれば、卒業者数に応じて決められるものでなければならない。」 と。“教育機関の質の向上には、交付金は卒業者数に応じて”ということ。 なるほど、やはり今は "入学者数" に応じてだったのね。でも、この代表者、問題意識を持ってこのような場で堂々と言ってのけるところ、尊敬です。都市部と比較して入学者数で不利な地方で、卒業生の質で差別化をしようとする運営方針なのかなぁ?と、勝手にちょっと期待しました。関係ない話ですが、ベトナムに新幹線を建設することについてのベトナム国会での政府提案に対して、真っ向から反論し 「知能指数が低いって言ってもらっても結構!!」 と言い放って、新幹線がペンディングとなったきっかけを作った地方選出の女性議員の気迫を思い出します。

  結局のところ、学校などの教育機関の質の向上を考えるとき、当たり前ですが、卒業生がどのように社会で活躍するかを考えることが重要ですね。(勿論、学問の世界で先進的な研究やその人材を養成することも重要ですが、大多数は社会に出て活躍するので。)そのためには進路指導。進路指導のために学校は、国の将来方針や社会から求められる人材像を掴むこと。それに応じて各教育機関の専門分野における教育カリキュラムの工夫・・・となるべきかと思います。あらためて当たり前でありますが・・・。

  ベトナムの教育機関、まず手を付けるべきところが “進路指導” であると思います。前述したような背景からすると、考え方を変えていくことは容易ではないかと思いますが、総合的に、一番容易に手が付けられて効果が大きいと考えます。ただし、”効果” のためには、教育機関各々が自ら、求められる人材像について ”マーケットリサーチ” を行うようにならざるを得ないと思います。ここが大切ですね。でも、学校関係者は、「採用するのは企業だから、企業が学校に頼みに来るべきだ。学校が調べに出ていくのはおかしい。」 と、人材の需給状況がどんな時でも、これを言い続けている人も少なくなく・・・、道のりは容易ではないかと思いますが・・・。

  JICAの人材育成支援プロジェクトが行われていた ”ハノイ工業大学の職業訓練コース“ は、毎年、先生が企業を訪問して、企業の求める人材像の聞き取りや工場見学などを行っていました。やはり効果は表れており、年々カリキュラムもベトナム人の先生たちによって改善されていき、求職のために企業を訪問する卒業生についても、工場見学での姿勢や会社への質問など、ちょっと採用したくなる人材に会うことができたという印象です。ここでは、在学の学生向けに企業を招いたJob Fair を毎年行っていますが、年々参加企業が増えて盛況になってきました。

  JICAプロジェクト “高専モデル” のホーチミン工業大学タィンホア分校では、“進路指導室” をトライアルで設置したということを聞きました。でも、学生はすぐにはなかなか利用してくれなかったようです。どうも “恥ずかしい” ということがあるようで、“自信が無いように見える” とか、“良い条件の就職先にガツガツしている・・・” と思われそうで ”恥ずかしい” ということのようです。こんなふうに ”恥ずかしいから” ということで行動を開始しないという状況は、ベトナムでよく聞くことかも知れません。(実際、結構みんなガツガツしているんだけど、ガツガツしていると見られるのは恥のようですね。まぁ、どこかの国の今も似ているかも知れないですけど・・・。)日本語検定を受ける人が、「まだ勉強が足りないので次の試験は受けない。落ちたら恥ずかしいから。」 ということを良く聞ききますが、これと同じですね。見込みが無いのに受けるのは受験料が勿体ないということは勿論あると思いますが、半年に一度なので、落ちても良いのでトライして、自分の勉強の効果測定や緊張に負けないように予行する・・・とか、考えて欲しいと思うのですが、“落ちると恥ずかしい” が強いようで・・・。N2をトライしている人などはいつまでたっても試験が受けられなくて・・・という人少なからず聞きます。こんなことも変化していくにはまだちょっと簡単な道のりでないかも知れません。

  でも、年を経るごとに学生達が卒業生の状況を見聞きしたりして、“進路指導室” に目を向けるようになってきているようです。また今はインターンシップへ積極的に行っている学生も増えてきているようです。

  各地の教育機関が学生や企業の志向に早く追いついていかないと、存在意義を問われる学校が増えてきてしまいますね。そう言えば、3年ほど前、教育機関を傘下に持つ省庁で、存在意義が失われた ”職業訓練校" をいくつも閉鎖する事を決めたそうです。

  容易でない事が多々ありますが、いろいろと考えてしまうのは、基本としてベトナムの人の産業人材として高い可能性を持っていると期待したいというところにあります。そのためには、今変化していかなくてはならない事がたくさんあります。今、ベトナムを “人材” と言うキーワードで語ると、日本へ行く労働力の事ばかりが出てきますが、2020年後半からはたくさん国に帰ってくるはずです。今、ベトナムにいる人材も、今後帰ってくる人材も、国の将来の発展へどんな人材育成をするか、今が重要な時です。ベトナムが高齢化社会となる前に。今はまだ国の平均年齢は何と約30歳です。

(写真はまた関係のない写真です。一応学生や若い人の写真を集めました・・・。)

2018年12月15日